陸棚・沿岸海洋の大気-海洋相互作用

平成22~26年度にかけて、わが国の海洋学・気象学分野の多くの研究室が結集した大型研究プロジェクト「気候系のhot spot: 熱帯と寒帯が近接するモンスーンアジアの大気海洋結合変動(科研費:新学術領域, 領域代表:中村尚教授@東大 先端科学技術研究センター)」が実施されました。この国際的にも注目される研究プロジェクトの中で、私たちの研究室は、計画研究「縁辺海の海洋構造に励起される大気-海洋相互作用と海洋生態系への影響(計画研究代表:磯辺篤彦)」を担当しました。

 

hot spot研究プロジェクトのウェブサイト これまで私たちの住む中緯度では、風や気温などの大気変動が、海流や水温の変化をもたらすと考えられてきました。この 研究プロジェクトでは、これまでの認識とは逆の、中緯度海洋の海流変動や水温分布が大気変動を主導し、そしてその変化が再び海洋を変えていくといった、未知の大気-海洋相互作用の解明にチャレンジしています。

 

最近の私たちの研究成果を紹介します。


夏の月夜は穏やかな瀬戸内の風

Iwasaki, S., A. Isobe, and Y.Miyao "Fortnightly atmospheric tides forced by spring and neap tides in coastal waters", Scientific Reports,  5, 10167; doi: 10.1038/srep10167 (2015).

 

瀬戸内海のような潮流の強い内湾は、鉛直混合の活発な夏の大潮と、そうではない小潮で海面水温が大きく異なります。この海面水温の大潮・小潮 周期変動(15日周期)に応じて、瀬戸内海の海上気温や海上風も、15日周期で揺らぐことを発見しました。夏の満月や新月の時期(大潮期)には、海上気温が相 対的に低く海上風も弱くなることを、データ解析とモデリングで確認した仕事です。論文はNatureグループのオンラインジャーナル(下の画像をクリック)で公表されています。

 


植物プランクトンは嵐を呼ぶか?

Isobe, A., S. Kako, and S. Iwasaki "Synoptic scale atmospheric motions modulated by spring phytoplankton bloom in the Sea of Japan", Journal of Climate, 27(20), 7587-7602, 2014.

 

日本海では、毎年、春になれば植物プランクトンが増殖を始め(春季ブルーム)、海面におけるプランクトンの高濃度域が、南から北へと移動して行く様子が観察されます。

 

日本海の4月から5月に衛星観測した植物プランクトン濃度の時空間変化。10年間のデータを重ね合わせて作成

植物プランクトンが増殖すれば海色が変化し、それに応じて海水の熱吸収率が上昇します。この水温変化量は、たとえば「混合 層モデル(海面での熱収支と、水平移流や下層への熱拡散量を考慮した熱収支計算)」を用いることによって、大まかに見積もることが可能です。混合層モデル を用いて、上図の植物プランクトン濃度を与えた場合と、植物プランクトンがいなかった(濃度=0)場合で海面水温を比較したところ、植物プラ ンクトンによる海色変化が、5月中旬では最大で0.8°Cの水温上昇をもたらすことがわかりました。

植物プランクトンによる海色変化がもたらす5月海面水温の上昇量(トーン)

続いて、このような水温上昇量を海面に与えた領域大気モデルと、与えなかった(つまり植物プランクトンがいない世界の)モデルを用いて、日本周辺の大気過程をシミュレートしたところ........

日本海に植物プランクトンがいる海(左)といない海(右)を想定して、領域大気モデルで計算した2006年5月18日の海面気圧分布。植物プランクトンがいないと、日本近海に実際に発生していた台風1号(A)に加え、実際にはなかったはずの台風(B)ができた。

日本海の植物プランクトン(の海色変化がもたらした水温変化)が日本南岸での台風発生を防いだ、といった結果となりました。「植物プランクトンは嵐を呼 ばない」というわけですね。もっとも、これはかなり極端な事例で、それでも数多くの計算結果を解析した結果、日本海の植物プランクトンは、統計的に有意な 差がでる程度には、日本南岸の低気圧の強さに干渉することがわかりました(理由は論文を参照のこと)。大気と海洋、そして生態系が相互に影響し合っている事例です。


東シナ海陸棚域に大気海洋相互作用は成立するか?

Iwasaki, S., A. Isobe, and S. Kako “Atmosphere-ocean coupled process along coastal areas of the Yellow and East China Seas in winter” Journal of Climate, 27(1), 155-167, 2014. doi: 10.1175/JCLI-D-13-00117.1

 

東シナ海の陸棚域を対象に、大気-海洋結合数値モデルを構築しました。海洋循環モデルはPrinceton Ocean Modelで、領域大気循環モデルにはPennsylvania State University/National Center for Atmospheric Research (NCAR) mesoscale model (MM5V3)をベースにしました。結合モデルとは、海洋循環モデルと大気循環モデルが、計算の過程で運動量フラックスや熱フラックスを交換して、大気-海洋間の相互作用を陽に表現するものです。


大気ー海洋結合モデルの計算範囲(左)と結合系のフローチャート(右)

東シナ海中国沿岸の浅海域における冬季水温の時間変化を,衛星データ(MURSST)と結合モデル(coupled)、そして結合を外したモデル (uncoupled)で比較してみました。結合を外したモデルの計算は、明らかに実際の水温を過小評価しています。すなわち、冬季の東シナ海浅海域の水 温変化には、大気海洋結合過程が働いていることがわかります。

冬季(1-3月)中国沿岸における水温の時系列。衛星統合データ(MURSST)とモデル結果の比較

モデル結果の解析より、強い冷却によって冷やされた浅海域の低水温が、周囲の気圧分布を変えることで風を弱め、過剰な冷却を抑制する結合作用が 確認されました。すなわち、大気海洋結合作用は、熱帯海洋を基点とした全球規模の現象のみならず、陸棚域といった地域規模においても独自に成立する過程な のです。

東シナ海の大気海洋相互作用の模式図。冬季の北西風による海面冷却が海水温を下げ、これによって変質した気圧分布が、冬季の季節風の強さと海面冷却量を抑制する。


空と海の同時観測~黒潮上の大気応答~

Kasamo, K., A. Isobe, S. Minobe, A. Manda, H. Nakamura, K. Ogata, H. Nishikawa, Y. Tachibana, and S. Kako "Transient and local weakening of surface winds observed above the Kuroshio front in the winter East China Sea" Journal of Geophysical Research -Atmospheres, 119, 1277-1291, 2014.

 

海洋が大気を変える様子を、衛星画像(水平二次元)ではなく、この目で三次元的に見てみたい、海水温の鉛直断面分布と,気温や風速の断面分布 を並べてみたい。ということで、実際に船に乗って、大気観測(GPSゾンデの放球)と海洋観測(XBTの投下)を一緒に行いました。長崎大学練習船の長崎丸のお世話になりました。なお、この研究は北海道大学理学部の見延教授との共同研究の成果です。


2010年から2013年まで実施した九州南岸の黒潮横断大気海洋観測。写真は左が GPSゾンデ(気温・気圧・湿度・風速・風向の鉛直分布を計測)の放球で、右がXBT(水温の鉛直分布を計測)の投下。左図中のドットの位置で、それぞれ の観測を行った。二日間程度にわたる約一時間に一度の観測となった。

以下、水温の鉛直断面分布(下のパネル。a-cは同じもの)と、上のパネルは、それぞれ温位(a)、相対湿度(b)、風 速(c)の 鉛直断面分布を示しています。下の水温分布を見れば、黒潮の強流域(29.5-30N)に高水温のコアが見て取れます。また、その直上は気温が高く (a)、風が弱い(c)ことがわかります。風が黒潮上で弱くなるとは、少し意外なことでした。これまでの衛星観測によれば、暖水上では例外なく風速が強化 されていたからです。この論文では、風向の変化の応じて、一時的にではあるが、風が黒潮上で弱くなることもあると結論づけました。海洋に対する大気応答は 多様です。

黒潮を横断する測線上での大気海洋観測結果。上は(a)温位、(b)相対湿度、(c)風速の鉛直断面分布。縦軸は圧力表記の高度。下はXBTで計測した水温の鉛直断面分布。縦軸は水深。上下の図とも横軸は測線の緯度を示す。また、断面分布は往復観測の平均を示している。